平和島レディースクリニック

診察室では説明しきれないことを中心に

妊婦健診の大切さ

妊婦健診は、赤ちゃんの様子を超音波で診ることができるので、私自身好きな検査でもあります。

 

お母さんもニコニコしてくれるし、お父さんも一緒に来てもらえれば、「おぉ」と感動してもらえて、お産の次に幸せな空気が流れます。

 

それでも、中には「妊娠に対する不安」であったり、「赤ちゃんを見ることに対する不安」であったり、金銭的な問題であったり、理由は様々ですが、妊婦健診を一切受けないで、出産に臨むお母さんがいます。

 

お母さん自身の様々な合併症のチェックが出来ないことはとても危険なんですが、赤ちゃん自身のチェックが出来ないことも、とても危険になります。そこで、今回は赤ちゃんの奇形について書きたいと思います。

 

奇形の中でも、今回説明したいのは

 

心奇形

 

というものです。

 

 

これは、お母さんのお腹の上から超音波検査をすることで見つけることが出来るのですが、かなり細かい部分まで診ないと見つけるのが難しいものがあります。

 

専門的な言葉になりますが、

 

完全大血管転位症

 

 

総肺静脈還流異常症

 

という病気に関しては、産まれた直後に新生児科という赤ちゃん専門の先生に診てもらわないといけないため、出産する病院が限られてくるので、妊婦健診中に見つけないといけない病気です。

 

完全大血管転位症は、2000人に1人と言われている病気なので、滅多にないのですが、私自身、一度だけ妊婦健診で見つけて、新生児科医のいる病院へ紹介してお産してもらったことがあります。

 

ベストな病院でお産してもらい、何ヶ月かして、お母さんが元気な赤ちゃんを連れて来てくれた時は、産婦人科医として妊婦健診をやっていて本当に良かったと思えました。

 

 

次に、総肺静脈還流異常症に関しては、さらに確率が低く、見つけるのもとても難しいものです。研修や学会で何度も勉強してきましたが、本当に細かい部分まで診ないといけないので、妊婦健診の時には、とても気をつけている部分です。

 

超音波検査というのは、本当にいろいろな部分が映し出されるのですが、意識して見ないと見つけられない部分も非常に多いのです。

 

多くの異常は、比較的簡単に見つけられるのですが、今回説明した心奇形に関しては、なかなか見つけるのが難しいものなので、妊婦健診を受ける時には、そういった心臓の細かい部分まで診てもらえるかどうか、一度先生に確認してみるといいと思います。

 

 

何千人、何万人に1人の確率なので、まず滅多にない病気ですが、もしものことを考えると万全を期したいですからね。 

 

 

 

赤ちゃんが突然亡くなるということ

基本的に産婦人科というのは、すべての診療科目の中で、唯一

 

おめでとうございます

 

と言える幸せな科だと言われています。

 

実際、外来や病棟でも妊娠・出産の幸せな空気が流れていますし、それが産婦人科医になることを決意した大きな理由でもあったりします。

 

しかし、そんな産婦人科でも悲しい瞬間はあります。

 

流産や死産というのは、我々がどれだけ頑張っても、避けられないこととして起きてしまいます。

 

もう何年も前のことですが、2人目を妊娠したお母さんの妊婦検診を担当していました。

 

妊娠初期の頃から、何も問題はなく、通常の経過をたどっていました。

 

毎回の妊娠検診には、お姉ちゃんになる予定の幼稚園の子がいつも一緒に来ていて、お母さんと一緒に超音波の検査を見ながら、ニコニコしていました。

 

検診が終わると、「ばいばーい」と手を振って診察室を出て行く、とても癒される妊婦検診でした。

 

 

そんな何事もなかった妊婦検診でしたが、お母さんのお腹がかなり大きくなった頃、いつものように超音波の機械をお腹に当てると、そこには動いているはずの心臓が見つかりませんでした。

 

お母さんはもちろんのこと、こちらも全く予想だにしていません。

 

しばらく沈黙が流れます。こちらもかける言葉が見つかりません。

 

やっと「普段と変わったことはありませんでしたか?」と聞くことができました。

 

「そういえば昨日から胎動が弱くて」

 

そういうお母さんの目も、超音波検査の画面を見て、いつもなら動いている心臓が見えないことに、うすうす気づいていました。

 

「ここが赤ちゃんの心臓なんですが、、、もう動いてないんです、、、」

 

 

正直、何て表現をしたか、正確には覚えていないのですが、赤ちゃんの心臓が止まっていることをお母さんに伝えました。

 

 

悲しみの表し方は本当に人それぞれで、そのお母さんはただ静かに涙を浮かべてうなづくだけでした。

 

一緒に来ていた幼稚園のお姉ちゃんをギュッと抱きしめて、こちらの説明を聞いたお母さんは、そのまま入院ということになりました。

 

 

赤ちゃん自身の体の大きさは、もう産まれてもいいくらいの大きさになっていました。そのため、誘発剤を使って、分娩してもらう形になりました。

 

ご両親、ご主人、幼稚園のお姉ちゃんに囲まれて、赤ちゃんを産んでもらいました。

 

何時間かした後に病室を訪ねると、幼稚園のお姉ちゃんが亡くなった赤ちゃんを抱っこして話しかけていて、私には何も言葉をかけることができませんでした。

 

とても悲しい出来事でしたが、お母さん、ご両親、ご主人、幼稚園のお姉ちゃん、そして亡くなった赤ちゃん、家族みんなで過ごしている暖かな空気が流れていました。

 

 

 

 

いつも幸せな科である反面、とても辛いことがあると、何年経っても心に残っています。

 

こちらに何かできることはなかったのか、と。

 

そんなことを、ふとした時に思い出しています。

妊娠後期に胎動が減るのは正常なこと?

赤ちゃんが産まれる準備をし始めると、胎動が減ってくる、というのは聞いたことがあると思います。


でも、それって本当に正しいことなのでしょうか。




こちらの論文にデータがありました。


Establishing a reference value for the frequency of fetal movements using modified 'count to 10' method.


この論文は、700人近い日本人の妊婦さんが、一日の中で最も胎動を感じる時間帯において、10回の胎動を感じるのに要する時間を記録したものです。


その結果、22週から32週までの妊婦さんが、10回の胎動を感じるのに要した時間は平均して10分ほど。

32週の妊婦さんが最も短時間であり、40週にむけて徐々に時間が伸びていき、40週の妊婦さんでは、おおよそ15分ほどの時間がかかりました。

ほとんどの人は10回の胎動を感じるのに要する時間が、22週から36週では25分、37週から40週では35分でした。


簡単にまとめると、10回の胎動を感じるのに平均して15分ほど、ほとんどの人は30分前後で感じる、というものです。



確かに数字上はお産が近づいてくると多少は胎動が弱くなるのかもしれませんが、実際に怖いのは、その胎動の弱さが「お産の近さ」によるものではなく、「赤ちゃんの調子の悪さ」によるものだった場合です。


正直、そういった「赤ちゃんの調子の悪さ」からくる胎動の弱さ、というのは滅多にありません。


でも、お母さんが「何となく胎動が弱い」という直感が当たることがあるのも事実。


こればっかりは、その都度検査してみないと何とも言えません。



実際に病院に来てもらって検査をしても、全然問題ない、っていうことの方が多いです。

でも、診察してみたら、すでに赤ちゃんが亡くなっていて、「そういえば、昨日からなんか胎動が弱くて」と言われたこともあります。



なかなか自覚症状だけでは判断が難しいところなので、「お母さん」として何かいつもと違う感じがしたら、まずは相談してみてくださいね。

避妊に失敗したかもと思ったら

アフターピルという薬をご存知でしょうか。


普段から避妊の為に飲む薬のことは


低用量ピル


と言ったり、


ピル


と言ったりしていますが、今回お話しするのは、避妊に失敗したかも、というときに飲んでもらう


アフターピル


緊急避妊


という薬についてです。



かなり昔から緊急避妊の薬はあったのですが、それは副作用として吐き気が出ることが多いものでした。

もちろん、今もその薬はあるのですが、吐き気の強さと避妊失敗率の高さから、あまり選ばれることはなくなってきました。



以前のお薬では、約半数の方に吐き気が出て、2割の人が実際に吐いていました。それでいて、避妊成功率は6割程度というもの。


しかし、最近のお薬では、避妊の成功率は85%ほど。2割ほどの人に吐き気が出て、実際に吐くのは5%ほどの確率です。



そういった意味では、以前のお薬よりも最近のお薬の方がメリットが大きいですよね。



ただ、金額的に最近のお薬は1~2万円するのがデメリットとは言えます。

以前のお薬であれば数千円なので、金額的な差は大きいのですが、副作用の大きさ、避妊に失敗した時の中絶の可能性を考えると、やはり新しい方のお薬をお勧めしたいところです。


なお、当院では緊急避妊のお薬代が18000円となっています。

避妊に失敗したかも、という性行為から72時間以内であれば85%ほどの避妊確率。

それを過ぎると避妊効果は落ちていきますが、120時間以内であれば60%ほどの避妊確率ですので、心配なことがあれば受診してくださいね。

赤ちゃんの命を救えた話

誰かが、赤ちゃんなんて自然に産まれてくるんだから、自分でもお産ができる、と言っていたようですが、確かに今まで関わってきたお産の9割以上は私がいなくても、何の問題もなく終わっていたお産だったと思います。

 

そんな中で、これは赤ちゃんの命が救えたな、と思える出来事があったので、今回はそれについて書きたいと思います。

 

 

その妊婦さんは、まだ18歳でしたが、二人目を妊娠して、私の外来を受診しました。

 

パッと見た感じは、とても1児のお母さんには見えない、良くも悪くも「若く」見える妊婦さんでした。

 

外見はそんな感じなんですが、そこはやっぱり1児のお母さんですから、今回の妊娠に関しては特に不安な訴えもなく、しっかり妊婦検診を受けてもらっていました。

 

いつも赤ちゃんを抱っこして受診していたのですが、旦那さんはお仕事があって、妊婦検診中は一度も一緒に来られることはありませんでした。

 

そうして何事もなくお腹の中の赤ちゃんは大きくなり、37週を迎えて、もういつ産まれても問題ない週数になりました。

 

そのあたりになってくると、1週間ごとに検診があるのですが、まだまだ産まれる気配がありません。

 

結局、予定日を過ぎて、41週に差し掛かろうかという段階になって陣痛がきたため、夜9時頃に入院となりました。

 

子宮の出口も順調に開いてきて、何の問題もなく産まれるかな、と思っていたら、夜中2時頃に助産師から「少し出血が多いです」との報告。

 

診察に行ってみると確かに出血が少し多いかな、という程度でした。

お母さん自身は、陣痛が収まっていて、何の違和感もない、とのこと。

 

NSTと言って、赤ちゃんの心拍数を測って、赤ちゃんが元気かどうかチェックするモニターも異常はありません。

 

それでも、念のため超音波を当ててみると、赤ちゃんは元気に動いているものの、どうも胎盤の様子がおかしいのです。

 

 

本来であれば、子宮の壁に胎盤はしっかりくっついているので、超音波で診ると、子宮の壁と胎盤が連続しているように見えるのですが、その時は子宮の壁と胎盤の間に黒く抜けるスペースがあるように見えました。

 

ただ、そのスペース自体も1センチとか2センチ程度に少しまだらに見えていて、果たして意味があるものなのかどうか、、、

 

何かが起こるとすれば、

 

常位胎盤早期剥離

 

と言って、赤ちゃんが産まれる前に胎盤が剥がれてしまう状況なのですが、あまり典型的な所見ではありませんでした。

 

典型的には

 

お母さんのお腹が板のように硬くなる

 

出血が多くなる

 

赤ちゃんのモニターの所見が悪くなる

 

超音波で胎盤が分厚くなる

 

などの状況が揃うのですが、その時は出血がやや多いかな、という程度で、超音波での所見もハッキリしませんでした。

 

このまま、何事もなく赤ちゃんが産まれても、「心配しすぎだったかな」って片付けられる程度だと思っていました。

 

 

ただ、もしも常位胎盤早期剥離だとすれば、超音波の見え方が時間経過とともに変化するはずなので、その午前2時の段階だけでは何とも言えません。

 

 

万が一、常位胎盤早期剥離だったとすると、緊急で帝王切開をしなければ赤ちゃんもお母さんも危険な状態になります。

 

そのため、まずは病棟のスタッフに、緊急帝王切開になるかも、という可能性だけは話して、心の準備だけはしておいてもらいました。

 

そして、20分ほどしてから、もう一度診察してみると、お母さんの状態も赤ちゃんの状態も全く変化はないのですが、超音波の見え方が微妙に変わっていたのです。

 

胎盤と子宮の間のスペースが、さっきまでは1〜2センチだったのに、1.5〜2.5センチくらいはあるように見えます。

 

これはもう常位胎盤早期剥離と判断していいのではないか。

 

教科書的にはお母さんのお腹が板のように硬くなるし、NSTという赤ちゃんのモニターも悪くなる、って書いてあるけど、全然そんなのは揃っていません。

 

ただ、どう見ても超音波の見え方がおかしい気がします。

 

万が一、緊急帝王切開をするとなると、産婦人科医も麻酔科医も小児科医も手術室のスタッフ

も集めないと行けません。

 

それだけのスタッフが集まるのに、30分近くかかる可能性はあります。

 

 

赤ちゃんは元気な様子。お産も進んでいて、子宮の出口もどんどん開いています。

 

このまま何事もなく産まれるかもしれない。でも、緊急帝王切開した方がいいかもしれない。

 

スタッフを集めるかどうか電話の前で考えていました。横には赤ちゃんのモニターがあり、元気一杯なサインを示しています。

 

 

 

最後の最後まで悩みましたが、緊急帝王切開という方針に決定し、スタッフの招集を始めました。

 

各部署に電話をかけ始めた所で、横にある赤ちゃんのモニターが少し変化し始めました。今すぐ赤ちゃんを出してあげないといけない程ではないものの、ほんの少し苦しいのかな、というサインが繰り返されるようになってきたのです。

 

やはり帝王切開で良かったのかな、と思いながら、どんどん準備を進めていると、見る見るうちに赤ちゃんのモニターが悪くなっていきます。

 

もう帝王切開に向けて動き出しているので、ここから出来ることは何もありません。一刻も早く赤ちゃんを出してあげるだけです。

 

急いでお母さんを手術室に運びます。

 

麻酔がかかった瞬間にお腹を切って、あっという間に赤ちゃんを出してあげられました。

 

赤ちゃんは出てきた瞬間、大きな声で泣いてくれました。手術室の中に安堵の空気が流れます。

 

ここまでくれば、もう大丈夫。スタンバイしてくれていた小児科の先生も安心した様子で赤ちゃんを診てくれています。

 

こちらとしては、あとはお母さんのお腹を閉じるだけ。その前に、子宮から胎盤を出さないといけません。いつものように胎盤を剥がして子宮から出した瞬間、

 

ゴロゴロゴロッ

 

と塊が出てきました。本来は、そんなものは出てきません。ただ、その時は血液の塊が本当にゴロゴロ出てきたのです。

 

それは、つまり常位胎盤早期剥離が起きていた、ということ。

 

胎盤が剥がれて子宮の壁との間にスペースが見えていたのは、そこに血液の塊が大量に溜まっていたのです。

 

帝王切開を決めたあとは超音波をする時間がなかったので、最終的にどのような超音波所見になっていたのかはわかりませんが、おそらく胎盤と子宮の間には相当大きなスペースが見えていたのだと思います。

 

 

一番初めに超音波をした時は、胎盤が剥がれ始めた最初の段階だったのでしょう。

 

その後、徐々に胎盤が剥がれて行き、赤ちゃんが亡くなる前に何とか出して上げられたのだと思います。

 

 

文字通り、

 

赤ちゃんの命を救えた

 

と思えた瞬間でした。

 

 

正直、帝王切開自体に批判的な意見があるのも知っています。「自然」なお産が素敵だ、という考え方もわかります。

 

ただ、この時のお産が、もし「自然」に経過していれば、赤ちゃんは「自然」に亡くなっていました。

 

自然に抗って、不自然な形であったとしても、産婦人科医として赤ちゃんの命を救えたのは、とても意義のある行為だったと思っています。

 

 

結果的に大変なお産になりましたが、お母さんも赤ちゃんも予定通りに退院することができました。

 

もう何年も前の話なので、今ごろは赤ちゃんも元気に幼稚園に通っているのかな、と思うと感慨深いものがあります。