現役産婦人科医の時間外診療

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現役産婦人科医の時間外診療

現役産婦人科医が診察室では説明しきれないことをまとめてみます

たまには読書感想文 火怨

皆さんは、坂上田村麻呂という名前を聞いたことがあるでしょうか。

私にとっての坂上田村麻呂は、小学生の頃に、自分が知っている一番長い名前の人ランキングという、今思えば訳のわからないランキングで、ずっと1位だった人であり、それ以上でもなければ、それ以下でもなかったのです。2位以下がいたのかどうかすら覚えてませんが・・・


そんなわけで、私の中の「やたら名前が長い人」でしかなかった「サカノウエノタムラマロ」像を見事に打ち砕いたのが

火怨


という小説です。


ネタばれしない程度の小説の内容を説明すると、


東北地方がまだ蝦夷と言われていた時代、朝廷にとって蝦夷は得体のしれない人間が住む場所であり、蝦夷の鉱山で産出された金が魅力的だったことも加わって、朝廷が蝦夷を制圧するという所から話が始まります。

得体の知れない人間が住むからという理由で、蝦夷の人々を人として扱わない朝廷に対する不満が、蝦夷の人々の中に渦巻き、朝廷の侵略に対して、いかに蝦夷が団結して戦ったのか、という視点で話は進みます。

もちろん、蝦夷の人々は「得体の知れない人間」などではなく、都に住む人々と何ら変わりのない人間なのですが、その人間としてのプライドをかけた戦いと、蝦夷の長であるアテルイの熱い想いは心に響くものがありました。


終盤にかけてのアテルイの思想には凄まじさすら覚えました。ここまで蝦夷のことを考えられるのか、と。


私自身、東北には縁もゆかりもないのですが、もし東北の出身であれば、アテルイと同じ東北に産まれたことを誇れるのに、と悔やまれるほど、熱い男の物語でした。


ここからはネタバレなので、火怨を読んだことのある人や、ネタバレしてもいいから内容を知りたいって方だけ読んでくださいね。




朝廷にとって対等な関係を築く対象にはなりえない蝦夷という存在。都に住んでいるというプライドが、蝦夷という田舎に住んでいる人間を見下す思想なんでしょう。ひょっとしたら、東京の人が田舎者をバカにするような考え方に近いのかもしれません。
そんな朝廷にとって、蝦夷など武力で制圧すれば済む話。そこから産出される金など力づくで奪ってしまえ、というのが朝廷の考え方だったのでしょう。

そんな朝廷の侵略に立ち上がったのがアテルイを中心とする蝦夷の人々。蝦夷と言っても非常に広く、いろいろな地方の人間が含まれているのですが、アテルイという指導者のもとに一致団結して朝廷に立ち向かうことになります。

当初は、政治的な立ち回りが上手い将軍が中心となって蝦夷の制圧にかかりますが、「政治家」のつたない戦と、アテルイを中心とした「戦略家」の戦では、勝敗は目に見えたも同然。朝廷軍の圧倒的な人数にも関わらず、少数精鋭の蝦夷軍が何度も撃退することになります。

そんな中、朝廷軍の中でも「政治家」ではない「戦略家」として名を上げつつあった坂上田村麻呂が、アテルイ達の中でも知られるようになり、お互いが戦いの中で意識するようになります。蝦夷を対等な人間として関わろうとする田村麻呂とアテルイ達との間には、敵対する関係といえども信頼関係のようなものが築かれていくのです。


そして、ついに蝦夷制圧の将軍として坂上田村麻呂が任命されます。田村麻呂としては、蝦夷を制圧するのではなく、何とか平等な関係を築きたいと思っており、蝦夷もそれを望んでいるものの、朝廷側はそれを認めようとしません。得体の知れない人間と、都の位高き人間が同等なわけがないという思想は根深く、朝廷側の人間として、田村麻呂も従わざるを得ないのです。


そんな中、20年近く蝦夷軍の中心となって戦ってきたアテルイに気持ちの変化が現れます。
戦に疲れた、というのではなく、20年以上にも渡って朝廷軍に抗ってきたのに、蝦夷は疲弊するばかりだと。熱い信念をもって戦ってきた自分たちの世代はまだしも、自分たちの子供の世代は、何を目的に生きていけばいいのだろうか、と。

生まれた時から戦いの中で生き続けるのではなく、戦のない世界で歩み、それでもなお朝廷と戦おうとするのであれば、それは心から応援したいと、自分たちの戦に終止符を打とうと考え始めます。

20年かけて守ってきた蝦夷を、これからも戦で守ろうとする周囲の人間と、アテルイの考え方の違いから、蝦夷軍の中でアテルイは孤立し始めます。

そして、わずか数千の兵士をつれて、朝廷軍に挑むことになるのです。


・・・しかし、これは自暴自棄になったわけでもなく、朝廷軍に勝てると思って挑んだ戦ではなかったのです。

蝦夷軍の中心である自らが少数の軍勢を率いることで、朝廷軍はその少数精鋭の軍を最大の敵とみなします。そして、アテルイ蝦夷軍の中で孤立した情報を得た朝廷は、アテルイ討伐のために他の蝦夷軍を味方につけようと動き出します。

アテルイが容易に討伐されてしまっては意味がない、少数とはいえ難敵であればあるほど、朝廷は他の蝦夷を頼りにしはじめます。とても勝ち目のない戦いであっても、アテルイの想いに賛同した蝦夷軍が熾烈な戦いを繰り広げます。アテルイの同士の多くが命を落としながらも、優秀な戦略家である田村麻呂ですら手玉に取り、他の蝦夷の協力なしには討伐できないと朝廷に思わせ、ついにはアテルイ以外の蝦夷は同等の立場として朝廷に認めさせたのです。


それこそがアテルイの望んでいた世界。


自らが討伐されることによって、蝦夷を朝廷と対等な立場まで引き上げる。それが蝦夷に戦のない世界をもたらす唯一の手段。そのために自らの命を捧げることはいとわない。


20年以上にわたって朝廷軍に抗ってきたアテルイが、そこまでの想いをもって戦を挑んできているとは田村麻呂ですら気づきません。だからこそ、田村麻呂みずから朝廷にかけあって、他の蝦夷を対等な立場で引き込んだのです。そうなることまで予測していたアテルイ


朝廷側から他の蝦夷に対して対等な交渉が保障された時点でアテルイの戦いは終わります。わずか数百名の兵士で朝廷軍と戦ってもお互いに無駄な死者を出すばかり。何より、戦のない世界を作るという目的を達成した以上、朝廷軍と戦う理由など何もありません。

これまで熾烈な戦いを繰り広げてきたアテルイがあっさりと投降してきたのをみて、初めて田村麻呂はアテルイの想いを読み取ります。アテルイ以外の蝦夷と同盟を結ばなければアテルイを討伐できないと自ら朝廷にかけあったことすら、アテルイの戦略であったのだと。


敵対していたとはいえ、蝦夷に対して熱い想いを抱き、戦略家として、人として優れているアテルイに対して、田村麻呂は尊敬の想いすら抱いていたのでしょう。討伐対象の中心であるアテルイを処刑するのは当然なのですが、朝廷に対してアテルイの恩赦を要求する田村麻呂・・・


残念ながら、アテルイの想い、そして田村麻呂の想いは都には届かず、「得体の知れない蝦夷」としてアテルイは都で処刑されてしまいます。

命をかけて戦のない世界を蝦夷にもたらしたアテルイには、もう一つの願いがあったのです。

都の人間に「蝦夷の人々も、都の人と何ら変わらない人間なんだ」と教えること。そのために戦場での処刑を望まず、都へ向かうことを望んだのですが、都でそのようなことを話す機会すら与えられず・・・




自らのすべてをかけて守りたいものがある熱い想いに、涙なくしては読めない小説でした。

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